芥川龍之介考(トロッコ)

 この作品も舞踏会同様に高校の教科書に載っていたものだ。

 主人公の良平少年(当時8才)は小田原熱海間に敷設される軽便鉄道(施設や建設規格の簡単な一地方の交通に供する鉄道。また、軽便鉄道法(1910年施行、19年廃止)により敷設された鉄道)の工事現場にあるトロッコに興味を持ったわけだ。

 男の子というのは、この手の工事現場の重機や工具に矢鱈興味を示す。

 例えばダンプカーなんかが荷台を傾けて土砂を撒いたりローラー車なんかが敷き詰めたばかりのアスファルトを踏み固めたりするのを飽きもせず眺めていたりする。

 ダンプもショベルカーもないこの当時(明治30年頃?)はスコップとツルハシでの人海戦術で掘り出した土砂はトロッコに乗せて運び出すというノンビリしたもので(そう考えるのは現代人の勝手だろうか?)日の出から日没までの作業、しかも日曜は休み。

 その休みの日に良平ら悪ガキどもは作業場に忍び込みトロッコを占有できたのも束の間、たちまち鬼のような土工に見つかり追い払われる。

 しかし、子供3人で楽々押せるトロッコだから大したものではない(しかも坂道を押せるのだから)

 そんなものを押して短い坂道を下る事に無上の喜びを感じるのだから子供なんて他愛の無いものだ。

 土工に恐れをなして暫く近寄らなかった工事現場に久々顔を出すと人の良さそうな土光がトロッコを押していた。

 良平はすかさず近寄り「押してやろうか?」と尋ねる。

 子供は、こういう所が抜け目が無い。

 本能というやつだろうか?

 土工は思わぬ加勢に喜ぶ。

 恐らく彼は群馬や長野辺りから出稼ぎで来ているのだろう。

 自分の子供と同じくらいの良平を見て

 「危ないからアッチヘ行け」

 と追い払う事もできず好きなようにさせる。

 「そのうち飽きて帰るだろう」

 土工はそう思ったに違いない。

 そんなこんなで日が暮れかかったころ土工が

 「もう帰んな」

 という

 良平にとっては晴天の霹靂のひと言だ。

 一緒に帰ってくれると(勝手に)思ってたのに!

 良平は一目散に走る。

 恐い!

 とてつもなく恐い!

 後ろから誰かが彼の名を呼ぶようにも思えた。

 でも恐くて振り返れない。

 20年近く経って良平は結婚し妻子を連れて東京に出る。

 そうして出版社の2階で校正の朱筆を握りながら塵労にまみれた頭の中で、ふとした瞬間に、あの頃の記憶が蘇る。

 ところで三丁目の夕日の作者は西岸良平、同じ良平である。

 勝手な推測だが、このペンネームはここから取ったのでは?

 茶川龍之介(ちゃがわりゅうのすけ)に古行淳之介(ふるゆきじゅんのすけ)と完全に意識しまくりだから間違いないと勝手に思い込む。

 純文学に必要なのは哲学とフレバー(香り?)

 その両方を見事にブレンドしたこの作品は正に一級品だ。

 是非ご一読を!

蜘蛛の糸・杜子春・トロッコ 他十七篇

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

ハカセ
2007年06月24日 14:01
『トロッコ』は僕は中学校のとき教科書に載っていましたので読みました。
 主人公が子供のころ感じた、暗い帰り道での不安さと、大人になった現在からみた将来への不安・労苦が重ね合わさって描写されているのだと教わりましたね。芥川本人の感じる「不安さ」も同時に表現されているのかもしれないと思います。
薩摩おいどん
2007年06月24日 15:20
ハカセさんへ
恐らく私も中学だったと思います。
だから上記の【高校の教科書に】というのは間違いですね。
>大人になった現在からみた将来への
 不安・労苦が重ね合わさって描写さ
 れているのだと教わりましたね。

 私の時は単にノスタルジーと教わりました。
 だから私がハカセさんと同じ時代の国語の試験を受けたら0点でしょうね。

 国語は数学とは異なり感性に頼る部分が大きいので時代と共に解釈も異なります。(舞踏会でも、その辺の事情を書きましたが)

 そんな事もあり国語で満点を取るためには問題作成者の意図を読み取る必要があります。でもそれは中学・高校レベルでは有りません。専門家の師事を必要とします。その辺が国語嫌いを生む要因になっているように思えます。

この記事へのトラックバック